2016年1月3日日曜日

船橋市・下総二宮神社へ


平安貴族の藤原時平の祀られている「下総二宮神社」(船橋市三山)へ
一度行ってみたい、とずっと思っていた。

近所の洋菓子店で「高津姫クッキー」を知ったのは、
ちょうど1年前のこと。



















京のみやこで生まれたお姫様が逃れてきたのは
この八千代市・高津だった・・・という物語に、一気にこころを奪われた。
そして、昨年2月の寒い日、姫が祀られているという「高津比咩神社」へ

娘・高津姫の神社から出た神輿が
父・時平の神社へと向かうのが「七年祭り」。
小林千代美さんはその著書のなかで、
“父娘再会”の場面を感動的に記してくれている。





















7年に1回のお祭りは見られなくてもいいから
二宮神社には行ってみたい。
そう思い続けていた。

今日は、夫が運転する車に母を乗せて、参詣となった。
成田街道沿いにある薬園台公園のあたりから
南へ細くのびる道路を走っていく。
道路は参詣に向かう車で混んでいた。

いまや「ふなっしー御守」などでも有名になっているらしい。

道路沿いにある鳥居をくぐって
石段を降りると、細い小川のような流れがあり、
それを越えるとまた石段。
上に社が見える。




神社は大きな木々に囲まれた空間。
とくに鳥居の側に立つ銀杏の木の大きさには驚いた。
天然記念物にも指定されている。




鳥居の横にいる狛犬。
間抜け面(ごめんなさい!)に癒やされる。


 




















拝殿の横にも狛犬が。
こちらの方が時代的には新しそうだ。





拝殿も、後方の本殿も、木彫が細やかで素晴らしい。

高津比咩神社の、いかにもお姫様を祀った感じの社殿を
思い浮かべながら、この繊細さや気品はやはり、
姫のお父さんを祀るのにふさわしいと思った。

藤原時平といえば、菅原道真の政敵である。
京都での政争の末、時平は道真を大宰府に左遷したが、
その2年後道真が亡くなると、京の都は落雷や疫病にみまわれ、
人々は道真の祟りと恐れた。
時平も39才の若さで亡くなり、時平の奥方と高津姫は、
祟りを恐れて、舟で遠く下総の地までやってきて、
高津の地(現八千代市)に移り住み、その地で一生を終えた。

時平は、道真側からみると憎き悪役であるが、
実際には有能なリーダーでもあったという。

この三山(みやま)のあたりは、平安時代には
藤原北家の荘園がひろがる地域であったらしい。





















大阪で生まれ、結婚後30代で東京へ。
50代からの20年間を太宰府で過ごし、
道真についても詳しく勉強したわが母(85才)。

70代からは、初めて住む場所・八千代で過ごすことになって
現在に至る。

京都・太宰府・八千代・・・。このつながりを
本当なら母が一番面白がってくれるはずだが、
説明した時には、「ホント~!」と一応リアクションはあったものの、
本当にわかっているかどうかはあやしい。

まあ、一緒に足を運べただけでもよしとしよう。




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