2014年3月17日月曜日
中野レンガ坂「ワイン蔵BANKAN」
「中野で4人で食事をしながら打ち合わせをするんだけど、適当なお店ない?」
中野に詳しい友人がすぐに推薦するお店を紹介してくれた。
「ワイン蔵BANKAN」である。
店に電話し相談すると、
「その日は10名様くらいの集まりがあり、少々騒がしいかもしれませんよ」
とのこと。
そうした率直なアドバイスと受け答えのソフトな感じが好印象。
すぐに予約した。
小粒だがCPのよい(値ごろ感のある)お店が揃っている、中野駅南口のレンガ坂。
以前に来たとき、いくつか好みに合った感じのお店が見つかった。
「ワイン蔵BANKAN」はそのひとつだった。
和風な外観。
国産へのこだわりといってもよいかもしれない。
1階はカウンター席のみ。2階のテーブル席に案内される。
こざっぱりした感じのインテリアがよい。
書類に目を通しながら話し合いをするとなると、
照明の明るさとテーブルの広さはある程度必要である。
そうした条件をも満たしていたので、ほっとした。
ワインリストをみせてもらうと、本当に国産ワインが豊富。
頼んだワインも美味しく、きちんと選んで、置いてあると思った。
お料理もワインによく合っているものばかり。
ワインとお料理のおかげで、快活なやりとりができて
打ち合わせは3時間くらいで終了。
あらためて、ゆっくりと来たい店である。
レンガ通りの入り口は、わかりやすくするためなのか、
きらきらするネオンで飾りたててしまっていた。
逆にチープな印象になってしまったのが残念。
期待を込めてパリの「ムフタール街」に例えたのは、少しほめすぎだったか。
駅に向かって歩きながら、
「今夜は満月」と聞いて、空を見上げれば、
おぼろ月夜。
だいぶ春らしくなってきた。
2014年3月15日土曜日
新宿区中町「宮城道雄記念館」を訪ねる
大江戸線・牛込神楽坂で下車し、
A2出口から地上へ出ると、正面には大久保通り。
後ろを振り返ると、曲がりくねった坂道が続いている。
その急な坂道を上り終えると、
そこからは平らな台地がひろがり、
定規を使って引かれた線のような道が、
縦にもにも横にもひろがっている不思議な光景に出合う。
ここは、戦国時代に築かれた「牛込城」跡。
そのことを初めて知ったのは
2008年、(日傘をさしていたので)夏だったと思う、
街の古老として有名だった水野さんに牛込城跡を案内していただいた時である。
北町、中町、南町という名に合わせて、
道が平行に並んでいる。
牛込氏が城郭を築く際につくった通路が
そのまま今も道となって使われている、という説明であった。
今日訪ねる「宮城道雄記念館」は、
新宿区中町(かつての表示は牛込中町)にある。
偉大な筝曲演奏家であり、作曲家である、宮城道雄が晩年まで住んだ敷地に、
昭和53(1978)年に、日本で最初の、音楽家の記念館がオープンした。
先日(3月7日)に、資料室長・千葉さんと事務局長・牧瀬さんから
今年は宮城道雄生誕120年に当たること、
その生い立ちや西洋的な作曲法のこと等、詳しくお話を伺う機会があり、
改めてその偉業について知りたいという思いで、
今日は足を運んだ。
宮城が考案した「八十絃」という大きな箏を見るだけでも
その天才ぶりがしのばれる。
書斎として使われていた「検校(けんぎょう)の間」(昭和23年築)は、
展示室を出て、記念館の裏側の庭に保存されている。
国の登録有形文化財である。
庭で、穏やかな微笑みをうかべる胸像は、朝倉文夫作。
宮城は9才から視力を失った人生を送るが、
彼の作った曲(「春の海」などまさにそうだが)を聴いていると、
自然の姿が目の前に浮かび上がってくる。
見えていた幼い頃に脳裏に焼き付いたものが、
彼の中にはずっと残っていたのだろうか。
書斎近くに立つ石の達磨大師像。
手で触れてその感触をよく楽しんだという。
記念館の創立者・宮城喜代子(宮城道雄の姪、のちに養女となる)の
記念室へと続く門をくぐり、建物の中から庭を眺めた。
庭の枝垂れ梅はもう盛りを過ぎていたが、
まだ少し白い花びらを残し、最後の姿を楽しむことができた。
2010年2月、初めてこの記念館にきたときは、梅の真っ盛りの時期。
その後、いろいろあって、神楽坂から銀座に職場を変えることになる。
私にとっては、まさに人生の転換期だった。
だとしたら、今日はその「御礼参り」と言ってもいい。
心静かに自分を見つめるひとときを与えてくれた、
この庭には感謝していたから。
宮城は優れた演奏家、作曲家でもあった上に、随筆家としての才能もあったという。
千葉さんが、随筆の一節を読んで紹介してくださったが、
聴いていると、曲と同様に、視覚的な情景が浮かび上がってくる。
1956年、62才という年齢で、不慮の事故により亡くなった、ということが
改めて日本にとっての大きな損失であったと思われ、
残念でならない。
帰り道、光照寺にも立ち寄る。
境内に入る手前には「新宿区登録史跡・牛込城跡」の説明がある。
光照寺一帯は、戦国時代にこの地域の領主であった、
牛込氏の居城があったところである。
赤城山の麓上野国(群馬県)勢多郡大胡(おおご)の領主であった
大胡重行が南関東に移り、北条氏の家臣となり、
その子勝行が姓を牛込氏と改め、赤坂・桜田・日比谷を領有したが、
1590年北条氏滅亡後は徳川家康に従い、牛込城は取り壊された。
現在の光照寺は1645年に神田から移転したものである。
境内には、新宿区登録文化財「諸国旅人供養碑(しょこくりょにんくようひ)」
「便々館湖鯉鮒(べんべんかんこりう・連歌師)の墓」がある。
光照寺へのお参りを済ませ、地蔵坂を下る。
この「地蔵坂」という名も、
光照寺に安置されている「木造地蔵菩薩坐像」に因むそうである。
坂の上の「出版クラブ記念館」の前にその説明があり、
光照寺境内に地蔵菩薩の写真と説明があった。
13世紀鎌倉時代に造られ、近江国三井寺にあった像が、
江戸時代に増上寺を経て、増上寺の末寺であった光照寺に移され、
「安産子育地蔵」として信仰を集めた。
いまは、新宿指定有形文化財である、
像高31㎝のこの像、機会があれば拝観してみたいものである。
神楽坂通りへ出る。
夕闇が迫っていた。東西線の神楽坂駅へ向かった。
2014年2月25日火曜日
美術館めぐり(両国・江戸東京博物館/日本橋・三井記念美術館)
小学校時代からの友人Cさんと、選んだ今日の美術館めぐりのコースは、
江戸東京博物館からのスタート。
1月から見たい見たいと思っていた「大浮世絵展」(1/2-3/2)が
今週末まで終了ということもあり、11時に現地で待ち合わせとした。
到着してびっくりした。
人は皆同じように考えるものなのだ。
企画展の入り口は、チケットを購入するところから長い列。
会場は大混雑。
人の波をくぐり抜けながら、浮世絵の歴史をたどることになった。
少し離れたところから絵を眺めてみて、わかったこと。
春信の魅力は、なんといっても色が美しいこと。
清長は、長身の美女たちの群像とと背景とのコンポジションが素晴らしい。
歌麿には、思わず人をかき分けて近づかずにはいられない魅力があった。
写楽、北斎、広重、国芳、芳年、多くの魅力的な画家が並ぶ。
展示替えのたびに来ていたら、約340点もの作品を観ることができた。
博物館ニュースによれば、「教科書に載っていた」などの
「親しみやすさ」を第一に、作品を集めたとのこと。
「今日出合えた一番」を挙げるなら、
歌麿の肉筆画「夏姿美人図」(遠山記念館蔵)である。
歌麿の力量を改めて認識させられた。
JR両国駅へ。
西口改札から入り、ホームの後方、東口の方へ移動しながら
ここから見える風景について話す。
博物館と水道局と国技館と駅、もう少し仲良くならないものか。
みんなそれぞれの方向を向いている。
両国は、お江戸の文化の中心地。
2020年のオリンピックの年までにはなんとかなるのだろうか。
みんなそれぞれの方向を向いている。
両国は、お江戸の文化の中心地。
2020年のオリンピックの年までにはなんとかなるのだろうか。
博物館の内容が充実しているからこそ、この見え方が残念でならないのだ。
両国から一駅目の浅草橋で下車。
そこから都営浅草線で日本橋へ。
目指すは、日本橋2丁目の穴子専門店「玉ゐ本店」。
高島屋の裏通りにすぐに見つけることができた。
時刻は午後1時半、店内はいっぱい。5分くらい待って入ることができた。
「箱めし」も名物なのだが、迷った末、「穴子ちらし」を注文する。
期待通りの食事のあとは、中央通りに出て「日本橋」を渡り、三井記念美術館へ。
「三井家のおひなさま 特別展示 宴のうつわ 展」を開催中。
三井家の夫人や娘たちのひな人形やひな道具(明治以降のもの)は
どれも穏やかなお顔。大切にされてきたにちがいない。
ちょっと面白かったのは、男の子の初節句に揃えられたという
「御所人形 大名行列」(昭和8年)。
ま~るいお顔のコロコロした人形たちが演じる大名行列の姿は、
なんとも愛らしくユーモラスでもあり、見入ってしまった。
美術館を出ると、午後4時になっていた。
「3月にもまたね」と約束して、Cさんと別れる。
約5時間のコース、幼なじみとの道中をのんびりと楽しんだ。
両国から一駅目の浅草橋で下車。
そこから都営浅草線で日本橋へ。
目指すは、日本橋2丁目の穴子専門店「玉ゐ本店」。
高島屋の裏通りにすぐに見つけることができた。
時刻は午後1時半、店内はいっぱい。5分くらい待って入ることができた。
「箱めし」も名物なのだが、迷った末、「穴子ちらし」を注文する。
期待通りの食事のあとは、中央通りに出て「日本橋」を渡り、三井記念美術館へ。
「三井家のおひなさま 特別展示 宴のうつわ 展」を開催中。
三井家の夫人や娘たちのひな人形やひな道具(明治以降のもの)は
どれも穏やかなお顔。大切にされてきたにちがいない。
ちょっと面白かったのは、男の子の初節句に揃えられたという
「御所人形 大名行列」(昭和8年)。
ま~るいお顔のコロコロした人形たちが演じる大名行列の姿は、
なんとも愛らしくユーモラスでもあり、見入ってしまった。
美術館を出ると、午後4時になっていた。
「3月にもまたね」と約束して、Cさんと別れる。
約5時間のコース、幼なじみとの道中をのんびりと楽しんだ。
2014年2月16日日曜日
杉並区立角川庭園「幻戯山房(旧角川家住宅)」茶室で
東京の空は朝からきりっと晴れ渡っていたが、
一昨日一日中降り続いた「記録的大雪」と、
昨日の雨によって、地面の方は水浸しで、悲惨な状態だった。
荻窪駅から着物で歩くのはまず無理な状況と判断し、南口からタクシーに乗る。
一方通行の道路があるため、現地の手前で車を降り、50メートルくらい歩いた。
滑らないように、はねを上げないようにと、ゆっくりと。
歩行困難な道を通り抜けてやっと到着。
杉並区立「角川庭園」とその敷地中に建つ「幻戯山房~すぎなみ詩歌館~」。
今日は、その茶室を借りて、親しいメンバーでお茶会をすることになっている。
顔が揃うのは13時であるが、準備のため11時に入った。
ちょうど同じ時刻にタクシーで到着された堀之内宗丘先生も雪の残る坂道を
車椅子で上って来られた。
門を入ってからは、しばらく庭の景色を楽しむ。
雪の積もった庭園を歩くことはできないが、
今日しか見られないかもしれない見事に白く覆われた庭と
空の青とのコントラストがとても清々しい!
この瞬間に、ここまでの道の大変さは体中から抜け落ちた気がした。
玄関から草履を脱いで建物内に入ると、まず左手に展示室があった。
ここ「幻戯山房」は、
俳人で角川書店の創立者である角川源義氏の自宅だった建物である。
展示室は、角川氏の書斎だった場所。
展示室の奥には、「詩歌室」と呼ばれる大小の洋室がある。
庭に面した大きな硝子戸から光が差し込み、
明るく居心地のよい空間である。
今日も午前中は、大きい部屋は俳句の会で使っていたようだ。
平成21年に5月に区立の施設として開館し、
同年11月には国の登録有形文化財の指定された。
昔ながらの硝子戸を通してゆらめいて見える庭の景色もまたよい。
南向きの庭は日当たりがよい上に、雪の反射光もあり、きらきらと眩しい。
白梅の花も柚子の実も、春の光を浴びて喜んでいるかのよう。
そんな眺めに見入りながら準備を始めた。
私たちは一番奥にある茶室と小さい方の詩歌室を使った。
茶室は四畳半で二畳の水屋がついている。
お道具の貸し出しもある。
とくに釜や炉縁、風呂先屏風などのお貸し出しがあるのはありがたい。
炉には灰はなく電気である。
今日のような勉強会茶会の場合にはちょうどよい。
こうした数寄屋造りの建物や和室の空間を、
管理することは骨が折れることかもしれないが、
家庭の中にそういった要素が失われている今、
日本文化を伝えるための場として、できるだけ大事に保存してほしい。
ゆったりした時は流れ、夕方17時、かたづけて出る時間がきた。
タクシーを呼んでもらい、車椅子用のスロープのある出口から、先生方と共に出る。
管理者として働いている方々は、定年退職後の男性たちなのであろう。
3人いらしたが、どなたも温かみのある対応をしてくださって、
それがこの建物の印象をさらに良くしていると思う。
タクシーに乗るときに「山房」を振り返ると、すでに木製の雨戸が閉められ、
一日を終えた静かな風情がそこにあった。
森川宗悦先生の用意された本日の菓子、薯蕷饅頭の「早蕨」(千歳船橋・東宮製)。
白と緑の割合がちょうど今日の日にぴったりだった、と思う。
2014年2月8日土曜日
江戸川区・源心庵の初釜席、庭園の雪化粧
今日の関東地方は、予報通りの大雪。
午後はもっと降り積もるらしい、との心配はあったが、
予定通り石州流のT先生の初釜のお席に伺った。
東西線・西葛西駅で下車。
天気がよければ歩いていける距離のようだが、
今日は迷わずタクシーに乗り、「行船公園」内にある、「源心庵」へ。
江戸川区に公園の土地3万平方メートルを寄贈した田中源氏の名前から
「源心庵」の名称が付けられているという。
タクシーを降りて、周囲の景色を見る余裕もなく
「源心庵」の玄関にたどりついたところで振り返ると、
一面の銀世界の中に雪吊りの松。
初めて訪ねる場所であったので、
写真に納めたい気持ちはやまやまだったが、
雪が降りしきる中での撮影は早めに切り上げ、
雪を払って、建物の中に入り、待合の和室に入った。
そこでもまた、大きなガラス戸の向こうに雪化粧をした庭園の姿。
雪吊りとは、
雪の重さから樹木の枝を守る豪雪地帯伝来の技法で、
積雪量の多い北陸地方でよく見られる。
降雪量の多い石川県の「兼六園(金沢市)」の雪吊りがとても有名。
降雪量の少ない東京では、
雪から樹木の枝折れを守るという実用性は無いものの、
冬の季節感を出すために施されている。
と、江戸川区のホームページには記されている。
立礼式の茶席にある大きな窓からも、
今日の粉雪に飾られた景色を十分に堪能することができた。
T先生のお席は、初釜の華やぎと清新さと2月という季節を感じさせるものであった。
加えて、今日のこの雪の庭園の姿は、季節がくれた贈り物である。
これこそ一期一会の席。
中でも、金沢の兼六園を思わせる景色を前に、
金沢「吉はし」の和菓子・練りきりの「松」。
その美しい形と色をいただいたことは、
口に中にふわっと広がる餡のあまさと共に忘れがたい。
江戸川区の純和風建築の建物と庭園があることも、今日知った。
晴れた日に、また時間を見つけ、めぐってみたいと思う。
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